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学校生活(中学年)

私は3年生になった。担任の先生は大ベテランで、子どもの扱いに慣れていた。そして何より子どもの性質や成績、容姿などで差別やえこひいきをしなかった。

担任の先生に子どもは大きな影響を受けるもので、このクラスではいじめもなく、実にいい心地がよかった。何をしてもさほど叱られない。というより子どもにわかるようにしかり手短に言い聞かせるので、どんな子どもでも集中して聞けるし、先生がしつこくないので子どもも切り替えができるのでいい。「さっき叱ったでしょ」とか「何度言ったらわかるの!」という言葉はまったくなく、なぜ悪いのかという理由やして欲しくない理由を話してくれるので、叱られた子どもも先生にうらみを持たずに聞けるのだった。

好き嫌いが多く小食の私は居残りが多かったが、このクラスでは何も言われなかった。先生自身が病気で食事療法中で、禁止された食べ物は残していたからだ。「先生、ずるい!」という声が上がると先生は「残したくないんだけどね、コレ食べるとあとでおなかが痛くなるしねえ、先生も病院に行くとお医者さんに叱られるのよ。本当はなんでも食べたいんだけどねえ・・・」と笑っていた。

あるときベーコンが出て、私と数人の子どもが残した。先生は「なんで食べられないのかお話して。」と私に聞き、「お肉は食べられない。」という私の返事を聞くと、「そう。じゃお肉は食べなくていいから、ベーコンだけ食べてごらん。」と言った。私はおかしいな、と思いながらもベーコンを口に入れて食べた。他の子も先生の気迫におされて口に入れた。みんなベーコンを食べてしまった。

先生は満足そうに見渡して、「お肉が食べられない人は残してもいいけど、ベーコンはみんな食べられるんですね!」と言った。

だまされた、と後で気づいたのだけど、嫌いなものでも食べられた、という経験は私にちょっぴり自信をつけた。

この先生には二年続けて担任してもらい、私はいじめのない楽しい生活を送ることができた。この二年間は遊びに夢中で勉強はまったくせずにいたので、成績は惨憺たるものだった。私は記憶がないのだが、通知表を見比べるとこの楽しかった二年間の成績は、小学校時代で最低だった。楽しい授業で毎日面白かったのに、と以外だったが、あの先生なら他の先生と違う評価法で採点したのに違いないと思い至った。

あのときにもうおいくつだったのかわからないが、もう高齢になっていらっしゃることだろう。もし「恩師と呼べる人は?」と聞かれたらこの先生の名前をあげようと思う。もしかしたらもうなくなっていらっしゃるかもしれないけれど、お礼を申し上げます。山田先生、どうかお元気でいらっしゃいますように!



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